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東京地方裁判所 昭和53年(合わ)15号 判決

被告人 佐藤文義

昭八・四・七生 会社役員

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、いずれも法定の除外事由がないのに、営利の目的で、

第一  昭和五一年一二月二九日ころ、青森県五所川原市田町一六二番地三橋孫右衛門方において、成岡靖弘から、覚せい剤である塩酸フエニルメチルアミノプロパンの粉末約一〇〇グラムを代金一五〇万円で譲り受け、

第二  同日、同所において、佐々木三雄に対し、前記覚せい剤の粉末約一〇〇グラムを代金二〇〇万円で譲り渡したものである。

(証拠の標目)(略)

(事実認定についての補足説明)

本件各判示事実について、被告人は、捜査段階及び公判審理を通じ、これを強く否認しており、弁護人も、本件は成岡靖弘と佐々木三雄との間に直接売買をしたものであつて、被告人が成岡から本件覚せい剤を譲り受けて、それを佐々木に譲り渡したという事案ではない旨主張するので、以下これらの点につき若干の判断を示す。

前掲証人平川良平、同成岡靖弘、同佐々木三雄の当公判廷における各供述を総合すれば、成岡靖弘は、昭和五一年一二月二三日ころ、本件覚せい剤を含む合計約五〇〇グラムの覚せい剤を三浦昌浩から譲り受け、これを売り捌くため同月二六日ころ、かつて秋田刑務所で服役中に知り合つた平川良平を東京都北区内の通称田端の自宅に訪ね、右覚せい剤のうち一〇〇グラムを一五〇万円位で売りたい旨を話し、その売却先の紹介方を依頼したところ、右平川はその場で、これまた右刑務所服役当時に知り合つて青森県五所川原市に居住していた被告人に電話をかけて右成岡の意向を伝えたこと、右電話の結果、成岡、平川の両名は同月二八日ころ、右成岡において覚せい剤約一二五グラムを携帯して東京を発つて青森に向い、同日夕刻、右五所川原市に到着し直ちに被告人と連絡をとつたうえ共に、同市内のモーテル「万来」に赴いたこと、右成岡、平川の両名が五所川原市に来るより前、被告人とはかねて的屋藤川連合で互に俗に一家名乗りをしている間柄であつた佐々木三雄は、被告人から、「儲け話がある。」、「金の仕度が出来るか。」、「二〇〇万円位用意しろ。」等と話しかけられていたところ、右二八日になつて被告人から、「東京の方から人が来ているので来ないか。」といつて電話をかけられたことから、先の被告人からの話が覚せい剤の売買のことであると気付き、同日夕刻、「万来」に出掛けていつたこと、成岡は右「万来」において、被告人から、「一〇〇グラムを引くけど二〇〇万円にしてくれ。」といわれ、実際の取引価格は一〇〇グラム一五〇万円であるが、表向きは代金二〇〇万円で成岡が売りに来ているようにして被告人以外の者には右実際の取引価格を口外しないよう被告人から頼まれたため、成岡としては以後被告人以外の者に対しては覚せい剤一〇〇グラムの代価が二〇〇万円であるように振舞つたこと、その後「万来」に集つて来た佐々木三雄、三橋孫右衛門などを交えて、成岡、被告人らはそれぞれ成岡が持参した覚せい剤の試し打ちをしたものの、被告人は隣室で佐々木と話し合つたのち成岡に対し、「今日は金が出来ない、明日まで待つてくれ。」と申し入れていること、右佐々木は「万来」において被告人から一〇〇グラムの覚せい剤の対価が二〇〇万円である旨を告げられていること、翌二九日ころ、被告人、成岡、平川、佐々木等は五所川原市内の判示場所である三橋孫右衛門方に集まり、同所において、被告人の面前で成岡が所携していた覚せい剤の包みの中から一〇〇グラムを計量したうえ、二包のビニール袋に分け替え、これを佐々木に手渡し、佐々木が現金一〇〇万円を支払つたところ、成岡において、真実は更に残金五〇万円を受領すれば足りるのに、他の者に対して二〇〇万円の取引と称している手前、被告人に対し、「これじや約束が違う、代金の半分ではないか。」、「残代金を一週間後に取りに来るから用意しておいてくれ。」と申向けたこと、翌昭和五二年一月初旬ころ、成岡は残代金五〇万円を集金すべく、再び五所川原市に来て被告人を尋ねて催促し、その際、被告人は本当の買い主は佐々木だと話し、ために成岡、被告人の両名において佐々木を責めて残代金一〇〇万円を支払うように求めたが、同人に金策が出来ないため、結局被告人が五〇万円を成岡に支払つたこと(この点に関し、佐々木は覚せい剤一〇〇グラムを受け取つたが、のちに五〇グラムは被告人に返還したため残代金一〇〇万円の支払い義務はない旨供述する。)、成岡も前記覚せい剤一〇〇グラムの譲渡代金を支払つて貰うべき者は被告人であると考えており、且つ佐々木においてもその買受先は被告人であつて、被告人にその対価二〇〇万円を支払うべきものと考えていたが、右覚せい剤一〇〇グラムのうち五〇グラムをその後被告人に返還したことにより、残代金の支払い義務はないと考えていたことの各事実が認められる。

以上の事実と被告人も当公判廷において認めるとおり、被告人において、成岡、平川らが前記「万来」に宿泊し、休憩した際の旅館代一切を支弁している事実を総合勘案すれば、当事者間の意思としては、成岡から被告人に一〇〇グラムの覚せい剤を代金一五〇万円で売却し、被告人はこれを佐々木に代金二〇〇万円で更に売却するという取引形態であつたと見るのが相当である。もつとも右覚せい剤の授受は、前示のとおり、成岡から直接佐々木に手渡されているのであつて、その間被告人自身が直接これを握持した事実は認められないが、その授受は被告人の面前でなされており、被告人としても自らの意思により、何時でもその授受に介入し、自己において直接握持することも可能な状態にあつたうえ、被告人自身、本件取引によつて五〇万円の転売利益を目論んでいたものと判断されるのであつて、たとえ中間者たる被告人において直接握持した事実はないとしても、便宜上中間者の現実の握持を省略した転々譲渡と解して差支えなく、従つてこのような場合でも、覚せい剤取締法一七条にいう覚せい剤の譲り受け及び譲り渡しに該当するというべきである。

なお被告人は、本件に関し、覚せい剤の売買に関与したことを極力否認しているが、その供述内容は、捜査当初から公判段階にかけて著しく変遷しており、自己の刑責を免れるための弁解というほかはなく、到底信用に値しないものである。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和四八年一月一一日青森地方裁判所で常習賭博罪により懲役六月に処せられ(同年一〇月九日確定)、(2)右の裁判確定前に犯した覚せい剤取締法違反罪により昭和四九年五月三〇日青森地方裁判所弘前支部で懲役四月に処せられ、(3)更に右(1)の裁判確定前に犯した詐欺罪により、同年七月四日秋田地方裁判所能代支部で懲役八月に処せられ、昭和五〇年五月二九日までに右各刑の執行を受け終つたものであつて、右の事実は検察事務官作成の前科照会回答書及び判決謄本二通によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも覚せい剤取締法四一条の二第二項、第一項二号、一七条三項に該当するところ、被告人には前記の前科があるので刑法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤暁 中村勲 吉田恭弘)

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